原始仏典
自分にとって耳障りな情報に
心がかき乱され 不安になり
実際に起こっていない妄想が膨らみ
不安が不安をよび 怒りに支配される
20代30代はころは怒りのまま
感情を 爆発させ
家族に八つ当たりしていた
結果 得るものがなく孤立していった
50代になり そこそこ学習をした
つもりでも やはり じぶんにとって
耳障りな情報に平常心がたもてない
独女になり 八つ当たりする相手が
不在が幸いし 誰かに感情を
爆発させることがなくなった
それでも 心が動揺し 不快な気分に
支配されている
貴重な人生時間を無駄に過ごしている
事に 焦りと新たな苛立ちが生まれる
仏教の教えの検索し私の心に
ヒットした文章がある
原始教典の中にあるエピソードで
ある日ブッダは
嫉妬に駆られたバラモンに
さんざん悪口をぶつけられるという災難に遭遇する
周りの人は青ざめたり 激高したりと
騒然となった
でもこのときブッダが返したのは
意外な言葉だった
「あなたがふるまったごちそうを客人が食べなかったら その食事は あなたのものになるだろう」と語りこう続けた
「私は あなたが差し出す食事(つまり怒りの言葉)を受け取らない だからそのまま持って帰るがよい」 「あなたが食べるのは あなたの自由だけど 私は食べません(反応しません)よ」という意味
外の世界も 他人も いろんなことを
言ってくるし よからぬ考えを
向けてくる
でも それに反応したら 自分の中に苦しみが生まれる
その苦しみを長引かせるのが
妄想
人の心には 記憶や良しあしの判断
先行きへの不安や心配
社会にあふれる情報や話題など 妄想する材料は いくらである
しかし
このままなら怒りは いつまでも続く
だから
ブッダに学んび
「怒りをつくっている妄想」に
気をつける
難しいけれど 練習です
・外の世界・相手に妄想から入らない
「期待」や「判断」に走らない
・そうした自身の思いに 「これは妄想」と気づく
・不愉快な相手には
「あなたにとってはそうなのですね
(理解はできます)」という立場に立つ
東洋経済オンラインより抜粋
実に難しい
若い頃はそんなの無理と
努力せず 相手のせいにして
自分を 正当化して 苦しみを
遠ざけていた
アラ還となり 同じことを繰り返す
自分に いい加減 嫌気がさしている
だから
変われるように努力していこうと
思っている
:;(∩´﹏`∩);: