ひとり天花のブログ

アラ還 気まま暮らし

長生きって❓

自分の事が自分でできて

人の手を借りずに 健康ならば

長生きは 賞賛されることだと思う 

できるならば 最後まで

自宅で気ままに

暮らしたい でも それは難しい

経済的な余裕

家族の理解 介護力

家族を取り巻く 背景

近くの訪問診療医 

といった条件が全て揃わないと

要介護者が自宅で生活することは

不可能だと思う

 

長く老人看護に携わっていると

数字だけにスポットをあてる長寿に

疑問を抱かずにはいられない

老人ホームは

日常生活を送る 衣食住は

確保される

介護員の常駐により 安心も確保できる

 

だけど そこには

自由が 何一つない

決められた時間の起床 就寝

決められた時間の食事

決められたメニューの提供

決められた時間の排泄

 

多くの要介護者を

少ない介護員でお世話するため

個別の対応が難しい

トイレに行きたくない時に

トイレに誘われる

トイレに行きたいときは

転倒リスクや 後処理の世話のため

すぐに 連れて行ってもらえない

 

嚥下機能が低下しており

窒息リスクをさけるため

介護員の見守りが できる時間しか

食べたいものを 食べられない

訪問販売で楽しく購入した

スイーツも すぐには食べられない

介護員預かりとなり

部屋に持ち帰ることもできない

(徘徊する認知症のお年寄りが

とってしまったり 食べでしまうので)

お年寄りにによって 体力も

基礎疾患も 既往歴も 嚥下能力も違う

そのため食事形態も異なる

目の前のお年寄りに

お裾分けをすることも禁止され

だからといって 

自分だけ食べるのも 憚られる 

 

寝たきりの意思疎通困難な要介護者は 定時に離床の介助があり

本人の意思に関係なく

食事介助がスタートする

3食と間食もある

こんな生活がルーチンで365日

繰り返される

 

アラ還の私ですら

「今日はしんどいから もう少し寝ていたい」

「今はお腹がいっぱいだから

ご飯は要らない」

「今日は 魚の気分じゃない」と

その日の体調や気分によって 

1日のスケジュールが変化する

 

介護が必要なお年寄りを限られた人員で

預かる側としては

安全に生活を送ってもらうため

どうしても 譲れない部分がある

 

安全と安心を引き換えに 自由をなくす

 

長く長く生きてきた 旅路の先

長生きって❓と考えさせられる  

            :;(∩´﹏`∩);: